跡部くん・・・。
もう3年になる。私があなたを好きになってから。

運の良い私は、跡部くんとは3年間同じクラスで。
初めは、入学式でのこともあったから、あまり良い印象ではなかった。

ただ、本当に完璧な人で。何でもできて。
「この人は、やっぱり凄い人なんだ」って思うようになった。
だから、普通の人ができないこともやってのけてしまう。・・・入学式での挨拶も、その1つなのだと思えた。

だけど、私は知ってしまった。
それは隠れた努力があったから、なんだと。
生徒会活動にしても、部活動にしても、遅い時間まで学校に残って取り組んでいた。

私なんて、ただの『一般生徒C』みたいな者だから、たまに何かの用事で残るだけなんだけど・・・。その度に、跡部くんの姿を見かけた。

それから、私は跡部くんのことを気にするようになって・・・。すっかり惹かれてしまった。

そう考えると、この3年間は、一生分の運を使い果たしてしまったんじゃないかな。
でも、それでもいいと思えるぐらい、同じクラスだということが嬉しかった。

だけど、今はそれだけじゃ我慢できなくなってしまった。
・・・人間って、どこまでも欲深くなれるもんなんだね。

今は、もっと跡部くんに近付きたいと思う。
だって、私たちはもう卒業してしまう。
3年間同じクラスだったという好で、今は周りの子に比べれば、仲の良い方だと思うけど・・・。卒業後も、同じように交流があるとは思えない。

だから・・・もう少し・・・跡部くんに・・・。

こんなの今更だよね?もう卒業なんだもん・・・。

でも、こんな気持ちを中学の良い思い出として終えることもできないんだ。

既に運を使い果たしてしまった私に、望みは無いのかもしれない。
だけど、もし跡部くんともっと仲良くなれるのなら、私は何だってする。
もし、跡部くんが好きになってくれるって言うのなら、跡部くんの理想にだってなってみせる。



「お願い・・・。」



思わず声に出てしまうほど、私は強く願った。
お願いです。もう少し、時間をください。そうすれば、私は頑張って、跡部くんが振り向いてくれるような人になります。
そのためには、まず何からするべきか・・・。

放課後の誰も居ない教室で、そんなことを考えていた。
私が突っ伏している机には、宿題をやろうと思って出していたノートと筆箱が置かれている。・・・すべきことを書き出そうか。
そう思って、体を起こし、ペンを持った。



「最初は・・・・・・。」

か?何やってんだ、こんな時間まで・・・。」

「あ、跡部くん?!!」

「驚きすぎだ。」



私の願いは届いたんだろうか・・・?でも、早すぎる。だって、私は最初に何をすべきか、まだ考えてないんだもの・・・。



「だって、急に声が聞こえたから・・・。」



そう私が答えている間に、ドアの近くに居た跡部くんがこちらに向かって歩いてきていた。



「それ・・・。今日出た課題か?」

「う、うん・・・。そうだよ。これをやってから帰ろうかな、と思って・・・。」

「へぇ〜・・・。どうやら、進んでいないようだな?」

「う・・・。」



たしかに、跡部くんが覗き込んだ私のノートは、ほとんど真っ白の状態だった。・・・だって、私はさっきまで、跡部くんのことについて考えていたんだもの。
いつもは学校に残る用事など無いけれど、今日は宿題を学校でやって行こうと思うことで、無理にでも学校に残ることができた。それは、いつも遅くまで学校に居る跡部くんと、少しでも同じ所に居たかったから。
そうやって、跡部くんのことを思いながら、跡部くんとも一緒に過ごしている教室に居れば、自然と跡部くんのことばかり考えてしまうわけで・・・。いつの間にか、宿題への集中力なんて無くなっていたんだ。
そして、そこに跡部くんが来た。



「お前、こんなのもわかんねぇのか?」

「わ、わかるよ!」

「じゃあ、やってみろ。」

「見られてたら、集中できないもん・・・。」

「それは『わからない』ってことだ。わかるんだったら、さっさと解けるだろ。」

「違うって!できる。」

「バーカ。意地張ってんじゃねぇよ。それぐらい、俺が教えてやる。」



そう言って、跡部くんは隣の席に座ってくれた。
でも、とても複雑な気持ちだった。たしかに、教えてもらえるのは、素直に嬉しい。だけど、たぶん、この問題は私にだって解けるはずだ。・・・跡部くんは、人に見られることに慣れているかもしれないけれど、普通の人なら多少緊張してしまうんだよ。それに、私にとっては、今、好きな人に見られているわけで。だから、余計に緊張するんだ。
それなのに、この程度の問題も解けないのかと、跡部くんに呆れられるのが嫌なの。私はさっき、跡部くんに見合う人になりたいと思ったばかりなのに・・・。



「で?どこがわかんねぇんだ?」

「わかるよ!」

「じゃあ、解いてみろ。」



ニヤリと笑いながら、挑発的に跡部くんは言うけれど・・・。私には、ただ格好良く見えるだけだ。
そんな跡部くんを前にすれば、私の心拍数が更に上昇するばかりで、一向に宿題などできそうもない。それでも、やらなければならないんだと思い、ふー・・・っと軽く息を吐いた。これで、少しでも緊張が私の中から出てくれれば嬉しいんだけど。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・。」



でも、簡単に緊張が解れるわけもなく。隣にいる跡部くんが気になりながら、時間をかけて一問解いた。



「・・・・・・できた・・・。」

「やればできるじゃねぇか。」

「だから、誰もできないなんて言ってないでしょ。」

「じゃあ、どうしてさっさと解かなかったんだよ?」

「だって、見られてると、やりにくいんだもん・・・。」

「さっきも言ってたが・・・。そんなに俺に見られるのが嫌なのか・・・?」



跡部くんが少し不機嫌そうに言った。
・・・たしかに、跡部くんだから、私はこんなにも緊張する。そういう意味では、跡部くんに見られることが嫌だということになる。だけど、その言葉は、まるで跡部くんのことが嫌いで、見られたくもないという風にも聞こえる。と言うか、跡部くんはそういうつもりで訊いてるんだろう。
そんなわけはない。その逆なのに。



「違うよ。誰であっても、緊張するの。跡部くんは生徒会長とかもやってたから、見られることが苦じゃないのかもしれないけど・・・。普通の人は、誰かに見られてるってだけで、緊張したりするんだよ。」

「そうか・・・。まぁ、いい。」



そう言った跡部くんは、ちっとも納得していないみたいだった。だけど、そんな風に見えたのは一瞬で。また、挑発的な笑みを浮かべて、跡部くんは言った。



「だが、俺が来るまでは1人だったんだろう・・・?だったら、なんで解けなかったんだ?やっぱり、わからなかったんじゃねぇのか?」

「それは・・・!その・・・考え事をしてたから・・・。」

「他の事を考えちまうってことは、問題がわからなくて、集中力が続かなかったってことだろ?」

「・・・だって、宿題よりも大事なことだったんだもん。」

「ほう・・・。それは一体、どんな考え事だったんだ?」



跡部くんに近付きたくて。跡部くんに見合うような人になりたくて。・・・そんなことばかりを考えてました。
なんて、言えるわけがない。



「・・・・・・内緒。」

「・・・本当に大事なことだったのか?」

「私にとっては、ね。」

「だったら、俺に話してみろ。俺は課題を教えると言ったが・・・それも手につかねぇんなら、そっちを先に解決する必要があるだろ。」

「そうだけど・・・。」

「で?どんな考え事だ?」



私の意見を聞こうとはしない跡部くん。・・・まぁ、らしいと言えば、らしいんだけど。
そう思うと、私も諦めがついて、話すしかないかと思った。大丈夫、わからないように話せばいいだけだ。



「・・・実はね。私たち、もうすぐ卒業するでしょ?でも、それまでに、もう少し仲良くなりたいと思う人がいて・・・。今更だけど、私のイメージが少しでも良く見えるように、どうすればいいのかなーって・・・。」

「本当に今更、だな。もう無理だろ。今から、お前の印象を変えるのは。」

「そうだよね・・・。」



跡部くんの意見を認めつつも、やっぱり落ち込んでしまう・・・。だって、その言葉、容赦ないんだもん・・・。



「だが、それじゃ解決にならねぇな・・・。」

「う、うん・・・。そうだね。」



だけど、跡部くんはそう言って、真剣に考えてくれているようだった。
それだけで充分な気がする。ありがとう。
でも、そう言って、ここで話を終えてしまうのも、ちゃんと考えてくれている跡部くんに悪いと思って、私は跡部くんに言った。



「それじゃ、跡部くんだったら、どうする?」

「俺か・・・?」



跡部くんなら、そんなことで悩んだりしないだろう。だけど、何かを考えてくれているようだったから。もしかしたら・・・と思って、跡部くんの考えを聞くことにした。



「そうだな・・・。俺なら・・・。部活に顔出した後、特に用もねぇし、ソイツがいるともわからねぇが、とにかく、こうやって教室に戻って来てみるな。」

「こうやって・・・?いや、でも、今のは仮の話だよね!今日は何か用があって戻って来たんだよね?」

「残念だが、特に用はねぇな。」

「・・・それって・・・・・・。」



私の中で、一気に構図ができあがる。
跡部くんは用もなく教室に戻って来た→誰かを探して→誰か=仲良くなりたい人=私でいう跡部くん。そして、・・・仲良くなりたい人=特別に想っている人でもある。私がそうであるように・・・。



「それじゃ、今日は会えなかったんだ。残念だったね、跡部くん。」

「あぁ?何言ってやがる。会ってるだろ。」

「・・・え??」

「ふっ・・・仕方ねぇ・・・。・・・・・・。もし教室に戻って来て、ソイツが居たとしたら、俺はソイツと話すだろうな。そして、もしソイツが今日出た課題なんかを解いていたら、それを教えてやると言って、少しでも一緒に居ようと思うだろう。さらには、ソイツが何かに悩んでるようなら、相談に乗ってやっても構わねぇ。」



最後の方、跡部くんは勢いよく話し・・・私の脳はそれを1つずつ理解するのに時間がかかった。



「・・・理解、できたか?」



それでも・・・。跡部くんにそう言われたときには、なんとなく答えが見え始めていた。



「もしかして・・・。跡部くんが私に・・・?」

「あぁ。だが、もう少し仲良くなりたい、なんて話じゃねぇがな。」

「・・・?」



私の頭の上に疑問符が浮かぶ。まだ、さっきの話だって、完全に理解できているというわけじゃないのに・・・。
とにかく、私は次の言葉だけでも早く理解しようと、耳や脳を集中させた。



「俺はお前を口説くために此処に来た。」

「・・・くどく・・・。」

「そう。お前を落とすためだ。」



せっかく集中させたというのに・・・。やっぱり、私の頭は置いてけぼり状態。
・・・いや、本当はわかっている。意味は理解している。だけど、それが信じられないでいるだけ。
だって、言葉自体もそうだけど・・・。跡部くんが少し笑みを浮かべながら言うもんだから、からかわれてるのかなって・・・。
そんなことを思っているのを見抜かれたのか、跡部くんは真剣な表情になって言った。



。俺はお前を愛してる。」




その言葉を聞いて、私の顔はどんどん熱くなる。そして、目頭までもが熱くなりそうになって、グッと我慢した。



「・・・・・・・・・。」

「その顔じゃ、ようやく理解はしたようだな。」



たしかに、理解はできた。だけど・・・やっぱり信じられない。だって・・・。



「でも・・・私・・・。跡部くんとじゃ、釣り合わないよ・・・。まだまだ私・・・これから跡部くんの理想に近付いて・・・。それで、卒業までにもう少し仲良くなれたらって・・・。」

「じゃあ、その必要は無かったってことだ。」

「でも・・・!!」



まだ、どうしても信じられなくて・・・。こんな夢のようなことがあっていいのかって・・・。そう思いながら、私が必死で抗議しようとしたとき。跡部くんが今までとは違う、優しげな笑みで言った。



のそういう頑固なところ。そして、俺が何と言おうとも言い返してくるところ。・・・そんなが俺は好きなんだ。だから、お前が変わる必要はねぇ。むしろ、変わるな。・・・わかったか?」



言っていることは、とても高圧的だというのに・・・。表情は、ちっともそんな気配がなくて・・・。
それが面白くて・・・ううん、違う。本当はこの恥ずかしさを隠したくて、私は少し笑って答えた。



「跡部くんがそう言うなら・・・。私は何が何でも変わってみせるよ。」

「てめぇ・・・。相変わらず、いい度胸してやがる・・・。」

「だって、跡部くんに言い返すようなところを変えちゃダメなんだもんね?・・・って、あれ?これじゃ、跡部くんの言うことを聞いてることになるような・・・。」

「ハハ・・・。バーカ。」



でも、これからは運だけに頼らないような。少しでも自信を持てるような。そんな自分になるために、頑張ってみるんだ。
ただ、卒業までとは言わず、跡部くんと共に歩みながら、ちょっとずつ成長していこうって・・・。













 

私の中で、跡部夢のヒロイン設定は、前作「A Troublesome Boy !」のような素直じゃない感じ、もしくは今作のような自分との差に悩む感じが好きなのかも?と思いながら書いた作品です!・・・まぁ、跡部さんに限らず、他の方々でもそういう設定が多いような気がしないでもないですが(笑)。
要は、そういう設定が好きらしいです。でも、たまには天然子や素直な子等も書きたいです。と言うか、本当はいろいろ書きたい・・・(苦笑)。

ただ、今回のヒロインは当初に思い描いていたイメージとは少し違う感じに仕上がりましたね。最初は、もっともっと悩んで、落ち込んで・・・最終的には「跡部くんの言う通りにする・・・!」みたいな子になる予定だったのですが・・・。そうすると、あまりに、可哀相なヒロイン&危ないヒロインになりそうだったので(汗)。で、実は、その名残がタイトルに・・・(笑)。

('09/03/27)